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私のマイナス的感性
最近、あることに気がつかされることがある。
私のマイナーな感性である。どちらかと言うと心配性。どちらかと言うと小心者。どちらかと言うと静かにしていたい。それが私の本当の所。
年をとってきたせいか、いやにひとの悲しみにもらい泣き。
良し悪しは別にして基本的には自分はマイナー的なことの方が、居心地がいいのかもしれないと思うようになった。
どちらかといえば世の中、プラス思考でないと最先端では、生きてゆけないようだ。(少なくとも外的には。)
小さい頃から最先端にいることにプレッシャーを感じるタイプ。それだけでもプラスばっかりではいられない。そんな自分が自分らしく生きる方策を教えていただいたこと。
性格は良し悪しは無いということ。その性格がどれだけ“為に生きる”事に役立つことが出来るのかということ。もちろん自分のためにも。 性格自体は四季のように暑かったり、寒かったり、情熱的だったり、クールだったりといった感じだろう。
世の中いろんな人がいて面白いし、それが自然なのだろう。私はさしずめ夏と冬のようには、はっきり出来ない性格で、そんな人をみているとうらやましくなってしまう。
でもこれも私の個性としてだんだん自分なりに付き合ってゆけるようになっている。
無いものねだりとよく言うが、持っていない性格の良いところを手いれる方法は、私はいいなと思う性格の人に惚れ込んでみることだと教えられ、私は人生において惚れ込んできた人がどれほど多いことか。これはわたしの特技であると思う。そうやって私のマイナス的感性は深くなり私なりにプラスに昇華されていく。
私のマイナス的感性の昇華されてきた一例です。
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悲しい感受性
貴方の弱さと悲しさを理解できたのは
私の中の弱さと悲しさを知っているから。。
悲しい感受性。
だから貴方を責めることは出来なかった。
悲しい感受性。
一人ぼっちの貴方の悲しみ
少しだけ私にも理解できます。
でもいつか
私達の悲しみ知って
泣かれた神様がいらっしゃったということ感じてほしい。
そんな神様、私は教えられました。
貴方と私の背後にも悲しい神様の存在わかってあげなくっちゃ
神様がかわいそう。
神様の悲しい感受性。
だから私は悲しい神様を捨てることが出来なかった。
忘れ去られた愛の痛み
愛が深ければ深いほど、その痛みも深いはず。
そのことが私にも少しだけ理解できます。少しだけ。
だからこそ
一人ぼっちの弱いあなたの役に立つことやってあげたかった。
私だって弱い存在だからこそ
どうしても貴方の存在が必要なのです。
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(2001.3.1)
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