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おばあちゃんの入院
今年になって、うちのおばあちゃんが突然だが少しずつ足に力が無くなり歩くのがままならなくなった。
いろいろ試してみたがどうにもならないので、性急なおじいちゃんと一緒に病院へ行ったら検査入院ということになった。
うちのおばあちゃんはずーっと家を守り、外の社会に出ることなく家族の世話や畑の事、田んぼの事など農業をやってきたので腰がすっかり曲がっている。
専門的にみてもそろそろ腰から足にかけての具合が悪くなるのは時間の問題だったのかもしれない。
それにしてもこのおばあちゃんの偉いところは、物事に対してあんまり恨みがましい発想が無いところである。
ふだんはほとんど見えないくらいの存在なのに、ここしばらく私はおばあちゃんの漬物や煮物、山の料理などどうしたものかとあわてて聞きに行くしまつである。
母親やおばあちゃんの存在って、ふだんはなかなか気がつかないでいることが多いが、こうして入院されてみるとその身近な存在感を思い知らされる。本当の愛情ってものは、近くにいる時は気が付かないことが多いようだ。
見えない愛の存在。
見えない存在が自分にとって大切なのは、神様と同じなんだなと痛感させられる。
分かってほしい愛やすぐ見えていたい愛を求めるのは、まだまだ修行が足らないなと感じる。私もうちのおばあちゃんくらいの年になったら、おばあちゃんくらいの見えない存在感を与えることができるだろうか?
(2001.1.23)
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